「私考 知的障害者にとって自立とは」 第2章 アウトサイダー・アート

この記事は、2005年9月17日のものです。

前回の「パンクな自閉症ホームページ」では、自閉症とパンクの共通点をほのめかしましたが、それは、共に社会的な弱者であったことで結びついているのではないか?と思います。
では、みなさん、もし私達が、社会から阻害され、阻止することも抵抗することもできず、誰からも理解されず、無視され続けたとき、それでも生き続けることがあったとしたら、私達はどのような行動をとっているのでしょう?
そんなことを想像しながら、お読みください。

第2章 アウトサイダー・アート

序節 【現実と想像の違い】

 本当に大切なものは、目にみえないものなんだよ。
   --サンテグジュペリ著「星の王子様」より

毎日毎日、残業残業で、へとへとになって家に帰って、後は風呂に入って寝るだけ。あっという間に朝になって、もう仕事。寝ても覚めても、仕事のことで頭がいっぱい。夢なんて見てる余裕はありません。それに、夢見てたって食っていけないしなあー
というわけで、大人達は想像の世界を見失ってしまったわけであります。
そこに子供がやってきて、「サンタクロースはどこにいるの?」とか聞かれて、はっと我に帰るのですが・・・

蝶になる夢を見た中国の思想家【荘子】は弟子に向かってこう言いました。
今の私は、蝶になっている夢をみていた自分なのか?自分になっている蝶なのか?

チベットラマ教の教えでは、
現実世界は全て幻である。真の世界は死後にある。といいます。
ここでは、生きていることより死んでからの方が大切なのです。

えー、なんだか宗教臭くてイヤだなーという物質文明コテコテの人には、現代科学の多方面に多大な影響を与えた波動力学の確立者で、オーストリアノーベル物理学賞受賞者シュレディンガー博士の著書『精神と物質』より、
現実世界とは、我々の脳内の神経系統で生み出される意識の産物である。

もう、おわかりいただけたでしょうか?
そうなんです。要するに、我々が意識する限りにおいては、現実世界と想像世界に境界はないのです。

本節 【描くことの本質】

   ピカソ
 おかしいんだよ。
 おもしろいよ。
 目がほっぺのところにあったり
 口が目のよこにあったり、
 顔がめちゃくちゃなんだ。
 わらっちゃうよハッハッハッ
 梓もかきたくなっちゃったよ。

   --ダウン症の少女 梓ちゃんの詩集「こいのぼり」より

さて、本題に入ります。
今回、ご紹介するのは、不幸にも現実世界から締め出され、想像世界にしか身の置き所がなかった人々の作品です。これらの作品を称して、【アウトサイダーアート】と呼びます。まー、想像を駆使して絵や小説にする人は、現実世界にもたくさんいます。彼らはそれらの作品を作るために技術を磨き、地位を得るために発表し、生計をたてるために売ることを考えます。
しかし、アウトサイダーアーティストの最大の特徴は、
①芸術的教育を一切受けておらず、独学であること     
②作品を発表することも、売ることも考えてはいなかったこと
③既存の芸術に、全く無関心であったこと
にあり、根本的に違います。
実際、「死後、身の回りの後始末をしに行くと、その膨大で異様な作品群にビックリ!」という具合で発見されるものが大部分なのです。
彼らの作品は、一言でいうと、
①異様にデフォルメされた幻想的・妄想的なデッサン
②異常に精密な幾何学模様               
③強烈な色彩と大胆な構図
という風に芸術的基礎や社会通念を一切無視した、自由奔放・大胆不敵・荒唐無稽・支離滅裂・・・う〜ん、まずは見てください。

『アラシネ』スタッドホーフハマー・ギャラリーRAW VISION

この一銭の価値も無い恐るべき愚の骨頂を、彼らは一生涯かけて描き続けていたのであります。う〜ん、また何で?
実に不可解?奇々怪々?う〜ん?う〜ん?う〜ん?う〜ん?う〜ん?
いつまで唸っていても、答えはでません。やめましょう。なぜなら、それには理由がないからです。
彼らにとって、描くということは子供が落書きをするように、無償の衝動に他ならないからです。
現実世界に身の置き場のない彼らにとっては、生きることよりも想像することの方が重要だったのです。
これこそが、「描くことの本質」だと私は考えます。

後節【想像世界からの発信】

 きみはきみのために、これをつくったのか?
   --映画「フィールド・オブ・ドリームス」より

アウトサイダー・アーティストのこれらの行為は、考え様によっては、ただの自己満足なのかもしれません。確かに、彼らの作品が誰にも認められることなく世に埋もれていたならば、そう言わざる終えないでしょう。
しかし、彼らの作品は、後に、我々人間の根幹に迫る衝撃的な作品として、精神心理学者や前衛的な芸術家達により研究され、精神医学や心理学、文学・芸術各分野の飛躍的な発展を促すこととなるのです。ピカソやダリ、シャガールやミロ、日本では岡本太郎といった巨匠達の手によって、彼らの発信する独特のエレメントは、確実に、現代に蘇っています。そして、その現代的なアートは、映画・コミック・コマーシャルフィルム・近代建築物などとして、我々の生活様式を絶えず刺激的に変革しているのです。
現実世界から締め出され、想像世界でしか生きてこられなかった彼らの強いメッセージは、彼らの想像を絶する過酷な運命と共に、現実世界に囚われている我々が見失ってしまったもう一つの世界を、強烈に教えてくれています。
想像と現実が渾然一体となった世界の中に、生と死の危うい関係を保ちながら、我々は居る
今、彼らの作品を素直に感動するもう一人の自分が、ここに居ることに気づいて下さい!

次回は、「アウトサイダーアート」の正当な解釈から命名され、現代に息づく「エイブルアート」の現状を探ってみたいと思います。